かやぶき屋根の家
美しいかやぶき屋根のおうちがあります。今年屋根を葺き替えたばかりで、あわせて改装もしました。新品のかやぶき屋根です。
村の迷・里山博士、秋元はつおが川内村を探検します。世界的にも珍しいもの(ほんとか?)、川内村ならではのほっこり名所、いろいろあります。今後も増えます。はつおさんに、案内してもらいましょう!
美しいかやぶき屋根のおうちがあります。今年屋根を葺き替えたばかりで、あわせて改装もしました。新品のかやぶき屋根です。
杉の皮が、かわいそうにすっかりはがされてしまっています。誰だ、こんなことをしたのは!と怒りたくなる光景ですが、実はこれ、リスの仕業なんです。
リョウブといいます。そんなに珍しい草木ではないようですが、これがばかにしてはいけません。いよいよになったら、リョウブに助けてもらって生きながらえるのです。
リョウブの木は、肌がきれいです。なので皮をむかずに、そのまま床の間に飾られたりもします。床の間に飾っても長生きできるわけではないと思いますが、リョウブがありがたいのはここからです。
リョウブの若葉は山菜として食べられるものですが、昔々、まだひとびとが貧しかったころ、不幸にして飢饉などに襲われると、みな、このリョウブを食べて飢えをしのいだものなのでした。
救荒植物というんですが、特急や急行ではなくて救荒です。生活のすべてが鈍行だった時代は、貧しかったけれども、豊かな知恵があふれていたようにも思います。
川内村の北側には田村市都路(旧都路村)が広がっていますが、目をさらにして地図を見ると、どうやら川内村最北端の端は、田村市常葉に面した大滝根山の麓にあるようです。本日は、川内村最北端の橋を見てまいりました。
続滝橋と書いて、つづきがたきはしと読むのかつづきたきばしと読むのか、さて? 橋には「つづきたきはし」と掘ってありますが、地元の人に聞いても、どっちでもいいんじゃないか、なんて言いながら、でもつづきがたきと言っている人のほうが多いような気がします。
よく見ると、橋の字がちょっとちがいますね。なべぶたに口ではなくて、なべぶたの下にはしごがかかっている。古い字なのかと思ったら、異字体というそうです。わたしたちが知っている橋の字と、双子の兄弟みたいな字なんでしょうか。
この橋、さらに地元の人に聞くと、なんでも「がんたら橋」というそうです。なんでがんたら橋なのかはさっぱりわかりません。この橋を通過するとき、クルマや馬車ががったんがったんと音を立てたからだという人がいましたが、ほんとうかなぁ。
アカモミタケというキノコです。モミのような針葉樹林の地上に群生するキノコで、だからアカモミタケというのでしょう。ご存知でしたか?
スーパーマーケットや八百屋さんではヤマゴボウなる山菜が販売されていますが、それの親戚のような名前がついています。ヨウシュとついているのは、洋酒ではなくて洋種という意味なのですが、ヤマゴボウとは親戚関係もなにもない、まったくの赤の他人です。そしてこれは、毒草なのです。
漢字で書くと、ヨウシュヤマゴボウは洋種山牛蒡ですが、別名をアメリカヤマゴボウとも言います。その名の通り、アメリカからやってきた外来種です。日本に入ってきたのは明治時代初期ということですから、外来種でも年季が入っています。そして今では、すっかり雑草化して根付いてしまっています。
ヨウシュヤマゴボウの実は、なんだか一見食べたらおいしそうですが、しかし危険。実も毒、茎も毒、葉も毒、根も毒と堂々とした毒草です。中でも種は、一番毒性が強いらしいので、ブルーベリーかなんかと勘違いして食べてしまうとたいへんなことになります。最悪、死んでしまう毒草ですから、気をつけてください。さわるだけでもやめたほうがいいです。
下の写真は、わたしの影がバッチリ写っています。ヨウシュヤマゴボウの毒性にびくびくしていて、影が画面に入っているのに気がつかなかった、わけではないんですけどね。
川内村の南には、いわき市があります。周囲の町や村とどんどん合併していって、いまや日本一大きな市ということですが、本日は道とトンネルと電信柱のお話です。
いわき市と川内村は、国道399号線で結ばれています。川内村を通る、唯一の国道でもありますが、これがなかなかのくねくね道で、もう二度と走りたくないという人も少なくありません。
そても震災前に、川内村の中だけでも通りやすくしようと、トンネルの計画が持ち上がりました。それが手古岡トンネルです。全長210メートル、2009年の12月22日に開通しています。
トンネルができる前は、村の中心地から村の南のはずれまで行くのは、なかなか遠い道のりでした。道は狭いし峠もあって、その先に進むのをあきめらて帰ってきた人もいたりしました。
今、210メートルのトンネルはあっという間に通りすぎてしまう、たいへんラクチンな道になりました。ちなみに手古岡トンネルをメインとして、このあたりは手古岡バイパスというんだそうです。バイパスという割には、本道というか旧道はその位置が確認できません。それもそのはず、バイパスができた時点で、古い道は入口と出口に車止めがされて、誰も入れなくなっているのでした。
手古岡トンネルに掲げられた道路標識を見ると、いわき市まではあとちょっとみたいに見えますが、はるかに遠いいわき市かな、なのであります。
ところで、トンネルの入り口と出口には、ご覧のように茶色い電柱が立ってます。ほかのところはセメント色の後レーのまんま。昔、電柱といえば防腐剤をたっぷり含ませた樹木の木材でした。今はもっと耐久性のあるコンクリート製になっているようですが、見た目だけでも昔ながらの木にしようと思ったのかな? でもなんで3本だけなのか、ちょっと真相を知りたいところです。
川内村には、今はやりのゆるキャラの、先駆者のようなカエルくんがいます。その名もモリタロウくんといいます。川内村ご自慢のモリアオガエルくんなのですが、川内村では、このモリタロウくんを、いろんなところで見かけることができます。今日は、富岡へ向かうトンネルの入り口あたりでモリタロウくん発見です。
このトンネルは、割山トンネルといって、長く、川内村の唯ひとつのトンネルでした。川内村下川内地区にあって、古い県道36号線から離れてトンネルでまっすぐ抜けるように道が通っています。
トンネルと平行して山の中を縫うように旧道が走っていて、それとは別にトンネルの真上を細い細い山道が通っています。富岡からのバスが川内村まで来ていた頃は、バスはトンネルを通らずに旧道を通っていました。旧道には何軒かの家があって、バスが大事な交通手段となっていたからです。
この看板は、もちろん震災以前に立てられたものですが、今でもモリタロウくんはけなげにゴミは持ち帰ろうと訴え続けています。
川内村は帰村宣言で「かわうち・かえる」のメッセージが有名になりましたが、川内村とカエルのつきあいはずっと昔から続いていたのでありますぞと、あらためてここで訴えさせていただきます。
みなさんにお聞きしたい。これはいったんなんなのでしょう? 我が川内村に宇宙人がやってきて、なにかの目印をつけていったものでしょうか? はてさて?
このあたりは国有地なので、おそらくは「この木は切らないで残しますよー、保護しておいてくださいねー」の保護のホではないかと思うのですが、相手が宇宙人だとこんなに簡単に決着はつきません。
わたしは川内村の自然の野山にぞっこんですが、もしかすると、木のほうもわたしに気が合ってホの字なのかもしれません。そういえば、山に入ってからずっと、愛を感じるなぁとは思っていたのです。
あ、でもあなたが木にほれてしまったからといって、森の木にペンキでいたずら書きなんかしないでくださいね。ホっとけなくなりますからー
今日はちょっと異色のお仕事です。長崎大学からの依頼で、お山のキノコの出るところに連れてってくれということで、お連れしました。どんなキノコが出るところなのかは、わたしの企業秘密ですのでナイショです。もちろん、ご報告はいたしましたが、ここだけの話だということで。
今回川内村にいらしたのは、長崎大学の高村昇教授とそのスタッフで、ウクライナの州立広域診断センターのアレクサンドル・グテービッチ副院長をお連れしての調査でした。
新聞記事では「グテービッチ氏は、長崎大が川内村に設置している支援拠点や、原発事故の避難区域の現状を視察するなどの目的で来県」と書かれていましたが、山の奥へ分け入って、キノコの山の土を採取するなどして、研究活動にもご熱心でした。
サンプル調査をしたのは川内村の6ヶ所にて。それぞれサーベイメーターで線量を測定し、さらに山の土を採取して、研究室で詳細に放射性物質の含有量を調べるのだといいます。
川内村の山のキノコは、比較的線量が低いものも高いものもあり、線量測定しないでむしゃむしゃ食べるには躊躇する状況ですが、きちんと測定しながらなら、ずいぶんと放射線値の下がっているものもあります。
今後もずっと放射線の監視は続けなければいけませんが、まずは、こういった調査できちんと事実をつかんでくれるとありがたいと思います。
ということで、本日ははつお探検隊ではなく、はつお調査委だったのでした。